Eminem エミネム Stan(スタン)
Eminem ( エミネム )は、アメリカ合衆国・ミシガン州デトロイト出身のラッパー・シンガーソングライターで、1999年「The Slim Shady LP」を発表、いきなり米ビルボードチャートで最高位2位、全世界で600万枚の大ヒットとなり、一気に大スターの仲間入りを果たした。エミネムは、リリースしたアルバムの累計売り上げが9000万枚で最も熱い・話題のラッパー・MCとされている。
Eminemは、HIPHOP アーティストとしては珍しく白人で、14歳のころよりMCをはじめた。少年のころはいじめられてようだ。
代表的なアルバムとしては、2000年のセカンドアルバム、本名をタイトルとした「The Marshall Mathers LP」、2002年サードアルバム「The Eminem Show」、最新の「Recovery」などがあげられる。
Eminemは別名(別人格?)スリム・シェイディと名乗ることもあり、楽曲の歌詞にもよくスリムなど別名が出てくる。
Stan(スタン)
エミネムの2001年2月21日にリリースされた、アルバム「The Marshall Mathers LP」からのシングルカット3作目である。Eminemの熱狂的ファンであるStan(スタン)が送った3通のファンレターの内容と、最後にエミネムが送った返信を唄った曲である。
最初は普通の内容のファンレターだったのが、Eminemからの返信がないことに腹を立てたStanのファンレターは狂気じみてゆき、最後の3通目のテープでのメッセージは自暴自棄になったStanが、妊娠中の彼女を同乗させて飲酒の上猛スピードで車を暴走させながら録音された遺書的なものとなってしまう。
EminemとStanのやりとりの最後4通目はエミネムの返信となるのだが、ニュースで知ったカップルの車事故はStanと彼女だったことを知ったところで曲は終わる。
イギリスのシンガーDido(ダイド)のデビューアルバム「NO ANGEL(2000年)」の中の「Thank You」をサンプリングに使い、ダイドの存在をアメリカに知らせることにもなった。Stan(スタン)は、2001年2月20日にMAXIシングルとしてユニバーサルミュージックから発売されている。
Eminem – Stan (Long Version) ft. Dido
Eminem シングル・アルバム ランキング情報
最新シングルベスト10
クリーニング・アウト・マイ・クローゼット – Cleanin’ Out My Closet
ルーズ・ユアセルフ – Lose Yourself (2003年4月23日) 米ビルボードチャート1位獲得
ジャスト・ルーズ・イット – Just Lose It (2004年11月15日)
ライク・トイ・ソルジャーズ – Like Toy Soldiers
ホエン・アイム・ゴーン– When I’m Gone (2005年12月19日)
クラック・ア・ボトル– Crack A Bottle (2009年) 米ビルボードチャート初登場1位獲得
ウィ・メイド・ユー – We Made You (2009年4月)
ノット・アフレイド – Not Afraid (2010年5月) 米ビルボードチャート初登場1位獲得
ラブ・ザ・ウェイ・ユー・ライ – Love The Way You Lie(2010年7月) 米ビルボードチャート7週連続1位獲得
ノー・ラヴ – No Love
最新アルバムベスト10
インフィニット – Infinite (1995年)
スリム・シェイディ EP – Slim Shady EP (1997年)
ザ・スリム・シェイディ LP – The Slim Shady LP (1999年4月21日)
ザ・マーシャル・マザーズ LP – The Marshall Mathers LP (2000年6月16日)
ザ・エミネム・ショウ – The Eminem Show (2002年4月26日)
8マイル – 8 Mile (2002年10月29日) 映画「8 Mile」のサウンドトラック
アンコール – Encore (2004年11月15日)
カーテン・コール。?ザ・ヒッツ – Curtain Call: The Hits (2005年12月2日)
エミネム プレゼンツ ザ・リアップ – Eminem Presents The Re-Up (2006年12月6日)
リラプス – Relapse (2009年5月20日)
リカヴァリー Recovery (2010年6月18日)
2004年APPLEが「Lose Yourself」をCMに無断利用、放映したのにたいして訴訟をおこしその後和解、2005年10月にiPodのCMで正式タイアップした。
2009年ころまで睡眠薬の依存症、過多摂取の影響で体調がわるく大変な時期があったようだが、2003年『The Anger Manegement Japan Tour』以来9年ぶりの2012年『THE RECOVERY JAPAN TOUR 2012』で来日している。